ログインして、ロビーを見渡す。
いつもいたはずの名前が、そこにはもうない。
誰かが抜けますと言ったわけでもない。
喧嘩をした記憶もない。
ただ、自然に、静かに、いなくなった。
クエストボードの前で、少しだけ立ち止まる。
操作するでもなく、戻るでもなく、
画面を眺めたまま、ふと思う。
「ああ、もう一緒に狩る人はいないんだな」
その気づきは、派手じゃない。
でも、胸の奥に、じわっと重さが残る。
誰かを失った、というほど大げさじゃない。
それでも確かに、
「一緒にやっていた時間」が、そこにはあったと分かる。
俺も何度か、この場面に立った。
ロビーに戻るたび、
もう来ないと分かっている名前を、
無意識に探してしまう夜があった。
寂しさなのか、虚しさなのか。
それとも、少しだけ置いていかれた感じなのか。
言葉にしづらい感情が、
画面越しに、じっと居座る。
この記事では、
そんな夜に残る感情を、
無理に前向きにせず、
無理に意味づけもせず、
一つずつ言葉にしていく。
この記事でわかること
- 一緒に狩る人がいなくなったあとに残りやすい感情
- その喪失感を、どう受け止めればいいのか
- 誰もいないロビーの先で、大事にしていいもの
無理に立ち直らなくていい。
すぐに次を探さなくてもいい。
一緒に狩る人がいなくなったあとにも、
ハンターには、ちゃんと残るものがある。
その話を、ここから始めよう。
「いなくなった」のではなく、「時間が終わった」

ロビーから名前が消えると、
人はつい、
「去っていった」と感じてしまう。
でも、何度もその場面を経験してきて、
今はこう考えるようになった。
いなくなったんじゃない。
一緒に狩る時間が、そこで終わっただけだ。
喧嘩をしたわけでもない。
裏切られたわけでもない。
価値がなかったわけでもない。
ただ、
同じ時間にログインして、
同じ温度で狩りに向かう、
その条件が、静かに揃わなくなった。
それを「消えた」と表現してしまうと、
どうしても、
誰かの意思や、
自分の落ち度を探したくなる。
でも実際は、
もっと単純で、
もっと生活寄りの話だ。
関係が終わる多くの理由は、
失敗じゃなく、区切りに近い。
仕事が忙しくなった。
生活リズムが変わった。
今は別のゲームをやりたい。
今日は一人でやりたい。
そういう小さな理由が重なって、
「また今度」が、
いつの間にか来なくなっただけだ。
関係には、始まりと終わりがある。
それは、価値がなくなった合図じゃない。
一緒に狩っていた時間が、
確かに存在したなら。
それは、もう十分に意味があった。
終わったから、
間違いだったわけじゃない。
時間が終わっただけで、
その時間まで消えるわけじゃない。
そう受け取れるようになると、
ロビーの静けさは、
少しだけ、違って見えてくる。

残るのは「思い出」じゃない
一緒に狩る人がいなくなったあと、
まず浮かぶのは、
「楽しかったな」という記憶かもしれない。
でも、
実際に残っているものは、
それだけじゃない。
思い出は薄れても、
狩りの“癖”は、体に残る。
あの人と狩っていた頃に、
自然と身についた立ち回り。
被弾が続いたときの距離の取り方。
危ない場面で、先に粉塵を投げる判断。
チャットの言葉遣い。
空気が重くなりそうなときの、一言。
誰かが乙った瞬間に、
反射的に出る「ドンマイ」。
それらは、
意識して覚えたスキルじゃない。
一緒に狩った時間の中で、染み込んだ感覚だ。
だから、
人がいなくなったあとも、
狩りは少し変わっている。
あなたの動きの中に、
その人たちとの時間が、
ちゃんと残っている。
一緒に狩った時間が残していくもの
-
周りの動きを、
無意識に確認する癖 -
無理に攻めず、
一度立て直す判断 -
誰かのミスに、
過剰に反応しなくなった余白
それは、
スクショにも、
フレンドリストにも残らない。
でも、
次に誰かと狩るとき、
ふとした瞬間に顔を出す。
残るのは、
思い出じゃない。
狩り方そのものだ。
だから、
一緒に狩る人がいなくなったあとも、
あなたは何も失っていない。
むしろ、
ちゃんと受け取って、
次へ持っていけるものが、
増えている。

また一人に戻ったわけじゃない
今、画面の中では、
確かに一人で狩っているかもしれない。
ロビーに並ぶ名前は少なくて、
クエストも、自分で貼る。
VCもなく、チャットも静かだ。
でも、
それを「元に戻った」と思わなくていい。
今の一人は、
最初の一人とは、まったく違う。
誰かと並んで狩った時間。
役割を分け合った感覚。
ミスを許し合った空気。
そういう経験は、
プレイ時間と一緒に、
ちゃんとあなたの中に積み重なっている。
立ち回りに、
ほんの少し余裕が生まれていること。
周りを見る視線が、
自然と広がっていること。
それらは全部、
一緒に狩った時間が残していったものだ。
いま一人で狩れているのは、
誰とも狩ってこなかったからじゃない。
誰かと狩ってきたからだ。
一人に戻ったように見えるだけで、
本当は、
ちゃんと人と狩った痕跡を連れて歩いている。
一緒に狩った時間は、
あなたを、独りにはしない。
だから、
今が静かでもいい。
それは、
何もなかった状態じゃない。
通ってきた時間の、
ちゃんと続きだ。
次に誰かと狩るときも、
その「一人」は、
もう一人分じゃない。
経験を連れた一人は、
もう、孤独じゃない。

次に何を大事にするか
一緒に狩る人がいなくなったあと、
つい考えてしまうことがある。
「次は、誰とやればいいんだろう」
「この空白、早く埋めたほうがいいのかな」
でも、
その発想に急がなくていい。
固定が終わった直後は、
心のどこかが、まだ揺れている。
その状態で新しい関係を探すと、
知らないうちに、
「誰か」で穴を埋めようとしてしまう。
無理に次の固定を探さなくていい。
無理に、空白を埋めなくていい。
今は、
いったん自分の狩りに戻る時間だ。
誰に合わせるでもなく、
誰のペースも気にせず、
自分がどんな狩りをしたいのかを、
静かに確かめる。
-
ソロで、
モンスターの動きをじっくり味わう -
野良で、
二度と会わないかもしれない一期一会を楽しむ -
また誰かと狩りたくなったら、
その気持ちが自然に湧いたときでいい
一人の時間は、
何かが足りない期間じゃない。
次に誰かと並ぶための、
準備期間でもない。
ただ、
自分の狩りを、
自分の手に取り戻す時間だ。
その時間をちゃんと通った人ほど、
次に生まれる関係は、
無理のない形になる。
急がなくていい。
狩りは、逃げない。
次を大事にするために、
今を大事にしていい。

読者への問い
ここまで読んで、
もし少しでも、
胸の奥が静かになったなら。
それはたぶん、
あなたの中にも、
同じような時間があったからだ。
-
一緒に狩っていた人が、
いつの間にかいなくなった経験はありますか? -
その時間は、
楽しかっただけで終わらず、
今のあなたに何を残していますか? -
いま狩りをするとき、
火力や効率より、
一番大事にしているものは何ですか?
うまく言葉にできなくてもいい。
整理がついていなくても構わない。
コメント欄に、
今のままの感覚を置いていってほしい。
その言葉は、
誰かを納得させるためのものじゃない。
ただ——
同じように、
一緒に狩る人を失って、
ひとりロビーに立ち尽くしている誰かにとって、
「ここにも、同じ空白を通った人がいる」
そう思える、小さな温度になる。
※この記事は、体験と心理に基づくコラムです。
特定のプレイヤーや関係性を否定・評価・晒す意図はありません。

コメント