野良マルチは、確かに楽しい。
でも同時に、理由のはっきりしない疲れが残ることがある。
失敗したわけじゃない。
空気が荒れたわけでもない。
それでも、狩りが終わったあとにどっと消耗している夜がある。
俺は長いあいだ、
その原因を「自分のPS」「立ち回り」「気の使いすぎ」だと思っていた。
でも、いくら考えても噛み合わない。
うまくいった狩りほど、なぜか疲れていることすらあった。
そこでようやく気づいた。
疲れの正体は、腕前じゃなかった。
野良マルチをしんどくしていたのは、
狩りの中身ではなく、狩りをどう評価していたかだった。
野良は「成果」じゃなく、
「体験」で測れ。
タイムが早かったか。
乙らなかったか。
迷惑をかけなかったか。
そういう成果基準で野良を測り続けると、
狩りは少しずつ「評価される作業」に変わっていく。
その結果、
成功しても安心しか残らず、
失敗すれば必要以上に心が削れる。
野良で疲れる人ほど、
真面目に成果を背負いすぎている。
この記事でわかること
- 野良マルチで疲れが溜まる本当の理由
- 心を削らないための「評価軸」の切り替え方
- もう一度、野良を楽しめるようになる考え方
野良が疲れるのは「結果」で測っているから

野良マルチに入ると、
いつの間にか頭の中に並び始めるものがある。
討伐タイム。
乙の回数。
効率。
表示される数字。
目に見える成果。
分かりやすい評価基準。
それらで野良を測り始めた瞬間、
狩りは静かに、しんどくなっていく。
俺自身、
「今日は遅かったな」
「一乙したのが痛かったか」
そんな反省を、何度も繰り返してきた。
でも、よく考えてみると——
その多くは、
自分一人ではどうにもならない要素だった。
野良は、
コントロールできない要素の塊だ。
どんな人が来るか。
どんな武器構成か。
どんなテンポで進むか。
それらは、
クエストに入るまで分からない。
分かったとしても、変えられない。
それなのに——
その結果だけを背負って、
自分を評価し始める。
早く終われば「よかった」。
遅れれば「自分が足を引っ張ったかも」。
乙れば「申し訳ない」。
こうして野良は、
少しずつ成果審査の場に変わっていく。
本当は、
野良に向いていない評価軸を、
無理やり当てはめているだけなのに。
結果で測れば、
野良は常に不安定だ。
毎回、心が揺れる。
だから疲れる。
だから、続かなくなる。
野良がしんどくなるのは、
あなたの立ち回りが悪いからじゃない。
「結果で測る場所じゃないところ」で、
結果を背負おうとしているからだ。
この前提に気づけただけで、
野良との距離は、少し変わり始める。

評価軸を「体験」に切り替える
野良で疲れなくなった理由を、
何か特別なスキルや割り切りだと思われることがあるけど、
実際にやっていることは、驚くほど少ない。
評価の基準を、
そっと「体験」に戻すだけ。
狩りが終わったあと、
自分に聞くのは、いつもこの三つだ。
-
誰かを助けられた瞬間はあったか
回復一回でも、粉塵一個でもいい。
-
空気が重くなりかけたとき、
一言、流れを和らげられたか -
ほんの一瞬でも、
「あ、今ちょっと楽しいな」と思えたか
この中のどれか一つでもあれば、
その狩りは、俺の中では成功だ。
タイムが遅くてもいい。
乙ってもいい。
空気が完璧じゃなくてもいい。
自分が、その場にいた意味を
少しでも感じられたかどうか。
体験で見るようになると、
野良の見え方は、はっきり変わる。
体験軸で見ると、起きる変化
-
乙が「失敗」じゃなく、
ただの事故に戻る -
チャットの沈黙を、
必要以上に背負わなくなる -
「合わないな」と感じた部屋から、
罪悪感なく抜けられる
結果で測っていた頃は、
毎回、何かが足りなかった。
体験で見るようになってからは、
「今日はこれでよかった」と、
静かに区切りをつけられるようになった。
野良は、
完璧を出す場所じゃない。
関われたかどうかを、
確かめる場所だ。
この基準を持っているだけで、
野良マルチは、
心を削る場所じゃなくなる。

「参考試合」という考え方
野良マルチの一狩り一狩りを、
すべて本番だと思っていた頃がある。
失敗したら反省しなきゃいけない。
空気が重くなったら、自分のせいかもしれない。
うまくいかなかった狩りは、無駄だった気がする。
でも、続けていくうちに分かった。
その姿勢だと、野良は確実に心が先に尽きる。
野良のすべてを、
本気の一発勝負にする必要はない。
だから俺は、
こんなふうに考えるようにしている。
楽しくなかった野良は、参考試合。
勝ったか負けたか。
タイムが早かったか遅かったか。
乙があったかどうか。
そういう結果は、
いったん横に置く。
代わりに拾うのは、
ほんの小さなデータだけだ。
- この時間帯は、空気が合いにくい
- このクエストは、野良だと荒れやすい
- 今日は、自分の心の余裕が少なかった
それが分かれば、
その狩りはもう十分役目を果たしている。
無理に意味づけしなくていい。
反省会を開かなくていい。
データだけ受け取って、
次に行く。
そう割り切れるようになってから、
野良で消耗する量は、
はっきり減った。
楽しかった狩りは、本番。
しんどかった狩りは、参考試合。
それくらいの温度で付き合ったほうが、
野良は、ずっと続けられる。
全部を背負わなくていい。
野良は、人生を決める場じゃない。
狩りを続けるための、
通過点でいい。

疲れたら、やめていい
最後に、
これだけははっきり言っておきたい。
疲れたと感じた時点で、
その日はもう、十分やっている。
まだ一狩りいけそう。
せっかく部屋にいるし。
ここで抜けたら、もったいないかも。
そうやって、
自分を引き止めた夜が、
何度もあった。
でも振り返ると、
その先で得たものより、
削れた感覚のほうが、ずっと強く残っている。
疲れている状態で続ける狩りは、
上達にも、楽しさにも、
あまりつながらない。
判断は遅れる。
空気に過敏になる。
ほんの小さなことが、やけに刺さる。
その状態で続けると、
嫌いになっていくのは、
モンスターじゃなく、狩りそのものだ。
だから、
疲れたらやめていい。
それは逃げでも、甘えでもない。
狩りを長く続けるための、いちばん真っ当な判断だ。
今日やめた狩りは、
明日も、来週も、そこにある。
押さなかった参加ボタンも、
貼らなかった次のクエストも、
何一つ、失われていない。
狩りは、逃げない。
だから、自分を追い込む必要もない。
疲れたと感じたら、
その感覚を信じていい。
今日はここまで。
それで、ちゃんと完走だ。

読者への問い
ここまで読み進めてくれたなら、
きっと一度は、
自分の野良マルチを振り返っていると思う。
-
あなたは野良を、
何を基準に評価していますか? -
討伐タイムや乙の有無といった結果ですか?
それとも、その場で感じた体験ですか? -
今日の狩りを思い返して、
ほんの一つでも
「これは悪くなかった」と言える瞬間はありましたか?
きれいな言葉じゃなくていい。
まとまっていなくても構わない。
コメント欄に、
今の正直な感覚を置いていってほしい。
その答えは、
誰かを説得するためのものじゃない。
ただ——
同じように野良で疲れて、
「自分の感じ方が間違っているのかな」と
迷っている誰かにとって、
それだけで、
肩の力が少し抜けるきっかけになる。
※この記事は、体験と心理に基づくコラムです。
特定のプレイスタイルやプレイヤーを否定・評価・晒す意図はありません。

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