クエストは成功した。
討伐も早かった。
素材も、欲しい分だけ揃った。
数字だけを見れば、
たぶん「いい狩り」だったはずだ。
それなのに——
コントローラーを置いた瞬間、
身体より先に、心がどっと疲れていることに気づく。
達成感より、安堵が先に来る。
「終わった……」と、無意識に息を吐いている。
野良マルチには、そういう夜がある。
別に失敗したわけじゃない。
誰かと揉めたわけでもない。
露骨に嫌なことを言われた記憶もない。
それでも、
確実に、何かが削られている感覚だけが残る。
俺は長いあいだ、
この疲れを「自分が弱いから」「慣れていないから」だと思っていた。
でも違った。
野良マルチがしんどくなる瞬間には、
ちゃんとした理由がある。
しかもそれは、
PSや装備の話じゃない。
もっと静かで、もっと見えにくいところで起きている。
この記事では、
俺自身が何度も感じてきた
「あ、今しんどくなってるな」という瞬間を、
一つずつ言葉にしていく。
誰かを批判するためじゃない。
野良を否定するためでもない。
ただ、
なぜ疲れるのかを分からないまま、
狩りを嫌いになってしまう人を減らしたい。
この記事でわかること
- 野良マルチで「どっと疲れる瞬間」に何が起きているか
- そのしんどさが、PS不足や甘えではない理由
- 心を削られずに狩りを続けるための、距離の取り方
① 空気が重くなる瞬間

誰かが乙る。
野良マルチでは、珍しいことじゃない。
事故もある。
噛み合わない瞬間もある。
ここまでは、誰もが分かっている。
でも、その直後——
チャット欄が、ぴたりと止まる。
無言は、ときに言葉より、ずっと重い。
誰かが責めたわけじゃない。
文句を言われたわけでもない。
それでも、
その沈黙は、はっきりと意味を持つ。
「今の、よくなかったかな」
「空気、悪くしたかな」
「何か言うべきだったかな」
そうやって、
乙った本人だけじゃなく、
周りの全員が、無意識に自分を省み始める。
本当は——
「大丈夫」
「次いこう」
それだけで、十分なのに。
たった一言が流れるだけで、
狩りはまた前に進めるのに。
何も流れない沈黙は、
「責められてはいないのに、
許された感じもしない」状態を生む。
この曖昧さが、
野良マルチの心を一番削る。
明確な悪意よりも、
明確な評価よりも。
「何も起きていないはずなのに、
空気だけが重くなる瞬間」——
それが、野良をしんどく感じさせる最初の引き金だ。

② 自分の動きばかり気にしてしまう瞬間
いつの間にか、
目で追っているのはモンスターじゃなくなる。
画面の端に映る、
味方の位置、向き、間合い。
ちゃんと噛み合っているか。
足を引っ張っていないか。
今の動き、変じゃなかったか。
- 被弾していないか、さりげなく確認する
- 自分だけ遅れていないか、立ち位置を比べる
- 無駄な行動をしていないか、頭の中で採点する
そのチェックは、
誰かに強いられているわけじゃない。
ただ——
野良マルチという場にいるだけで、
自然と始まってしまう。
この瞬間、
狩りの重心が、静かにズレる。
モンスターと向き合う時間より、
「自分がどう見えているか」を測る時間のほうが、
長くなってしまう。
そうなると、
狩りはもう純粋な戦いじゃない。
一手一手が、
判断でも、選択でもなく——
見えない誰かに提出する、
評価対象の作業に変わる。
攻めるより、無難を選ぶ。
試すより、失敗しない動きをなぞる。
その結果、
火力は出ているのに、
心だけが、どんどん疲れていく。
野良マルチがしんどくなるのは、
下手だからじゃない。
自分の狩りより先に、
自分への評価を考えてしまう瞬間が、
確かに存在するからだ。

③ うまくいっても、喜べない瞬間
討伐は成功している。
タイムも悪くない。
事故もなく、流れも整っていた。
それなのに——
コントローラーを置いた瞬間、
心が、ほとんど動かない。
ガッツポーズもない。
達成感も薄い。
代わりに残るのは、妙に静かな感覚だ。
「ああ……終わった」
それだけ。
なぜか。
理由は単純で、
その狩りが「安心」で完結してしまったからだ。
上手くいった嬉しさより先に、
失敗しなかった安堵が来る。
迷惑をかけなかった。
空気を壊さなかった。
余計なことは、起きなかった。
それは確かに、
悪い結果じゃない。
でも——
「楽しかった」より先に、
「終わってよかった」が来る狩りは、
もう心が疲れている。
野良マルチでは、
いつの間にかゴールが変わることがある。
討伐することじゃない。
上達することでもない。
「何事もなく終えること」
それ自体が、目的になってしまう。
そうなると、
狩りは成功しても、
心は回復しない。
野良疲労あるある
- 討伐後、反射的に「抜けよう」と思ってしまう
- 「ナイス!」を打つ余力が、もう残っていない
- 次のクエストを貼る気持ちが、まったく湧かない
これは、
贅沢な悩みでも、甘えでもない。
評価される前提で狩りを続けた結果、
喜ぶ余白が削れてしまった状態
だ。
上手くいっているのに、楽しくない。
成果が出ているのに、疲れている。
その矛盾を感じ始めたら、
それはもう、
「気合で続ける」段階じゃない。
一度、距離を調整したほうがいいサインだ。
野良マルチがしんどくなる瞬間は、
失敗したときじゃない。
成功しているのに、
何も残らなかったときだ。

④ 野良マルチは「人を処理するゲーム」になりやすい
野良マルチが、
じわじわと心を削ってくる最大の理由は、
人との距離が、最初から近すぎることだと思っている。
初対面。
価値観は不明。
プレイスタイルも、温度感も、まったく分からない。
それなのに——
いきなり同じ狩場に放り込まれ、
連携を求められる。
これはもう、
ゆっくり関係を作る狩りじゃない。
モンスターと戦っているはずなのに、
実際には、もう一つ別のことを同時にやっている。
人を読む。
人に合わせる。
人の機嫌を想像する。
チャットの言葉選び。
立ち位置の譲り合い。
ミスが起きたときの反応。
一つひとつは小さい。
でも、それを常に同時進行で処理していると、
確実に消耗する。
野良マルチは、
狩猟というより、
即席チームの運営に近い。
誰が前に出るか。
誰が支えるか。
空気が重くなったとき、どう流すか。
本来なら、
時間をかけて自然に決まるはずの役割を、
一狩りの中で、無言のまま調整し続ける。
しかも相手は、
次にまた会うかどうかも分からない人たちだ。
だからこそ、
余計に気を遣う。
余計に失敗を恐れる。
野良マルチがしんどくなるのは、
人を雑に扱えない人ほど、
全部を真面目に処理してしまうからだ。
割り切れる人は、疲れにくい。
「一期一会」と流せる人もいる。
でも、
一つひとつの狩りを、
ちゃんと成立させたい人ほど、
野良では疲れやすい。
それは、向いていないからじゃない。
誠実すぎるだけだ。
野良マルチが、
いつの間にか
「モンスターを倒すゲーム」じゃなく、
人を処理し続けるゲーム
になってしまったとき、
心が先に悲鳴を上げる。
それに気づけたなら、
あなたはもう、
無理を続けなくていい場所に来ている。

心を削られないための、たった一つの考え方
いろいろ試して、考えて、
何度も野良に疲れてから、
最終的に辿り着いた答えは、驚くほどシンプルだった。
野良は「楽しめたら勝ち」。
それ以外は、全部参考試合。
すべての狩りを、
成功体験にしなくていい。
タイムが早かったか。
乙らなかったか。
空気を壊さなかったか。
そういう指標で、
毎回自分を採点し始めると、
野良は一気にしんどくなる。
野良は、
条件も、温度も、相手も、
毎回バラバラだ。
そこで起きた違和感や疲れは、
あなたの腕や姿勢の問題じゃなく、
噛み合わなかっただけのことも多い。
合わなかった。
それ以上でも、それ以下でもない。
楽しかった狩りは、
「今日は当たりだったな」と思えばいい。
しんどかった狩りは、
「参考になったな」で終わらせていい。
そこに、
反省も、自己否定も、
必ずしも必要ない。
野良マルチは、
上達の場でもあるけど、
それ以上に消耗しやすい場でもある。
だからこそ、
すべてを真面目に背負わない。
楽しめたかどうか。
それだけを、基準にしていい。
合わなかった狩りは、
あなたが悪かった証拠じゃない。
ただ、
今日はその組み合わせじゃなかった。
それだけだ。
そうやって一つ線を引けるようになってから、
野良マルチは、
少しだけ、呼吸がしやすくなった。

読者への問い
ここまで読んで、
もし胸のどこかが、少しでもざわっとしたなら。
-
あなたが野良マルチで、
一番しんどくなる瞬間はどこですか? -
それは、狩りそのものの失敗でしたか?
それとも、言葉にされなかった空気でしたか? -
もし今、同じ場面に出会ったとしたら、
あなたはどんな距離を選びたいですか?
きれいにまとめなくていい。
正解もいらない。
コメントに、今のままの感覚を書いていってほしい。
その一文は、
誰かの答えを導くためのものじゃない。
ただ——
同じように野良で消耗して、
「今日はやめとこう」と画面を閉じかけている誰かにとって、
「自分だけじゃなかった」と思える、
小さな救いになる。
※この記事は、体験と心理に基づくコラムです。
特定のプレイスタイルやプレイヤーを否定・評価・晒す意図はありません。

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