被弾が多いのは反射神経のせいじゃない─避けられない本当の理由

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「今の、見えてたのに……」
「分かってたのに、間に合わなかった」

被弾するたび、
そんな言葉が、頭の中で繰り返される。

攻撃の予備動作は見えていた。
来ることも、なんとなく分かっていた。

それでも当たる。
そして最後に、こう結論づけてしまう。

「俺、反射神経が悪いんだ」

この結論に辿り着く人は、多い。
そして厄介なのは、
それが一番“自分を納得させやすい理由”だということだ。

年齢のせい。
才能の差。
生まれつきの反応速度。

そう思ってしまえば、
これ以上、深く考えなくて済む。

だが今日は、その思い込みを壊す。
気休めでも、精神論でもない。

何度も狩りを振り返り、
同じ被弾を見続けてきた中で、
一つだけ、確信したことがある。

被弾が多い理由は、反射神経じゃない。
もっと手前のところで、すでに勝負は決まっている。

この先で話すのは、
「どう避けるか」じゃない。
「なぜ、避ける必要がある場所に立ってしまったのか」だ。


被弾の正体は「反応の遅さ」ではない

まずは、一度だけ冷静になって考えてみてほしい。

本当に──
「見てから反応して、ギリギリで避けている攻撃」は、
実際どれくらいあるだろうか。

ほとんどの被弾を思い返してみると、
こんな感覚が残っていないだろうか。

多くの場合、被弾しているのは──
「来ると分かっていたのに、そこに居続けた」攻撃だ。

攻撃の溜めは見えていた。
次に何が来るかも、なんとなく察していた。

それでも当たる。
なぜか。

理由は単純だ。
避けることに賭けたまま、その場に居たからだ。

つまり問題は──

反応の速さじゃない。
入力の精度でもない。

問題なのは、
「その位置に立ち続ける」という判断と、
「まだ殴れる」と信じたタイミングだ。

狩りの中で、本当に危険なのは、
避けられなかった瞬間じゃない。

「ここは大丈夫だろう」と思ってしまった、その一拍だ。

被弾は、偶然じゃない。
反射神経の敗北でもない。

そこに居続けると決めた、過去の自分の判断が、
少し遅れて結果として現れているだけ
だ。


被弾が多い人に共通する3つの状態

被弾が続くと、
つい操作や反応速度を疑ってしまう。

だが実際には、
当たっている人の狩りには、
かなりはっきりした「思考の型」がある。

ここでは、俺自身が何度もハマり、
そして抜け出すのに時間がかかった、
被弾を呼び込む3つの状態を整理する。

① 攻撃後の「次」を考えていない

一発当てた直後。
頭の中が、こんな言葉で埋まっていないだろうか。

  • まだ殴れる
  • もう一発いける
  • 今がチャンスだ

その瞬間、
「次に何が来るか」という思考が、きれいに消えている。

攻撃に夢中になったわけじゃない。
ただ、視野が一方向に固定されているだけだ。

上手い人は、殴りながらもう考えている。

「次、これが来たら下がる」
「ここで怒り移行したら距離を取る」

攻撃と同時に、
次の逃げ道を頭の中で用意している。
それだけで、被弾は大きく減る。

② 安全地帯を決めていない

被弾が多い人ほど、
「どう避けるか」ばかりを考えている。

だが、本当に重要なのはそこじゃない。

「どこに居れば、そもそも当たらないか」
これを決めていない狩りは、常に不安定になる。

回避行動は、
上手くいくときもある。
だがそれは──

危険な場所に居続けた結果として、
仕方なく発生している行動
にすぎない。

安定しているハンターは、
攻撃より先に、
「戻る位置」「逃げる位置」を決めている。

避ける前に、立ち位置を選んでいる。
それが、被弾の少なさの正体だ。

③ 欲張るタイミングが毎回同じ

被弾が続くとき、
実は同じ場面で、同じ欲張り方をしていることが多い。

  • 怒り移行しそうな雰囲気のとき
  • 咆哮後の硬直を信じすぎたとき
  • 立ち位置がズレたまま追撃したとき

攻撃そのものが悪いわけじゃない。
ダメージを取りに行く判断も、間違いじゃない。

ただ──
「欲張る癖」が固定化していると、
モンスター側の選択肢に、簡単に刺さる。

被弾は偶然じゃない。
毎回、似た形で起きる。

だからこそ、
「また当たった」で終わらせず、
「また、ここで欲張ったな」と言葉にできるかが分かれ道になる。

被弾が減る瞬間は、
操作が上手くなったときじゃない。

自分の癖が、はっきり見えたときだ。


フレーム回避ができなくても、被弾は減らせる

ここまで読んで、
多くの人が、心のどこかでこう思っているはずだ。

「でも結局、
フレーム回避できないとダメなんでしょ?」

正直に言おう。
俺も、ずっとそう思っていた。

上手い人の動画を見るたびに、
ギリギリで避けるローリングや、
信じられない無敵時間を見るたびに、
こう感じていた。

「あれができない限り、俺はこの先に行けないんだ」

だが、狩りを重ねて一つだけ分かったことがある。

フレーム回避は、被弾を減らすための“主役”じゃない。
あれは、最後に残された保険だ。

本当に被弾を減らしているのは、
ローリングの速さでも、
入力精度でもない。

積み重ねているのは、もっと地味なことだ。

  • 「この時間帯は危ない」と体で覚えること
  • 攻撃したあと、自然に戻る位置を決めておくこと
  • 「ここで欲張ると死ぬ」という自分の癖を知ること

これらは、派手じゃない。
動画映えもしない。

だが、安定して生き残る人は、例外なくここを押さえている。

フレーム回避が必要になる場面は、
本来、そう多くない。

本当に危ない場面に立たない。
欲張る場所を減らす。
帰る位置を決めておく。

それだけで、
被弾は驚くほど静かに減っていく。

そして、余裕が生まれた先で、
フレーム回避は「たまに助けてくれる技」になる。

この話は、次の記事で徹底的に壊す。
👉 フレーム回避は本当に必要か?


被弾が減り始める“最初の変化”

被弾が減る瞬間は、
多くの人が想像するほど、劇的じゃない。

華麗に避けられるようになるわけでも、
被弾がゼロになるわけでもない。

ある日、ふと、こんな感覚が残る。

「……あ、今の、危なかったな」

乙ってはいない。
回復も間に合った。
何事もなく、狩りは続いている。

でも、危なかったことに“気づけた”。
それまでなら、気づかずに殴り続けていた場面だ。

ここが、最初の分かれ道になる。

被弾が減り始める合図は、
避けられた瞬間じゃない。

「次も、同じことをしたら当たるな」
そう思えた、その一拍だ。

反射神経が良くなったわけじゃない。
操作が急に上手くなったわけでもない。

ただ──
狩りが、少しだけ“読め始めた”

危険な時間帯。
欲張りたくなる癖。
当たりやすい距離。

それらが、
ぼんやりとでも意識に浮かぶようになる。

この感覚が出始めたなら、
もう心配はいらない。

被弾は、これから静かに減っていく。
音もなく、派手さもなく。

だが確実に、
狩りの主導権は、自分の手に戻り始めている。


次に読むなら、ここだ

もし今、
「被弾って、反応の問題じゃなかったのかもしれない」
そんな感覚が、少しでも残っているなら。

次は、この順で読んでほしい。
どれもテクニックを増やす記事じゃない。
狩りの“見え方”そのものを変えるための記事だ。

  1. 👉 同じ攻撃で何度も乙る理由

    ──「なぜ、またここで当たったのか」。
    被弾が繰り返される場所には、必ず同じ判断が潜んでいる。
  2. 👉 フレーム回避は本当に必要か?

    ──避けられない自分を責めてきた人へ。
    フレーム回避に頼らず安定する狩りの正体を解き明かす。
  3. 👉 上級者は何を考えて動いているのか

    ──上手さの正体は操作じゃない。
    彼らが常に頭の中で回している“判断の順序”を言語化する。

被弾は、才能の証明じゃない。

ただ、見ている場所が少しズレていただけだ。
次は、その視点をどう作るかを話そう。

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