この記事でわかること
- なぜ人は、モンハンから離れても戻ってしまうのか
- 「復帰しよう」と決めなくても起きる、自然なきっかけ
- 無理なく、また狩りと向き合える距離感の作り方
もう、やめたはずだった。
忙しさを理由に。
疲れを理由に。
「今はいいかな」と、自分に言い聞かせて。
ログインしない日が続いて、
日課みたいに回していた素材集めも、
気づけば生活の外側へ流れていった。
なのに――
ある日、ほんとに前触れもなく、
コントローラーに手が伸びる。
「……ちょっとだけ、狩ってみるか」
復帰しようと決めたわけじゃない。
モチベが戻った実感もない。
「よし、やるぞ」みたいな熱も、別にない。
ただ、なぜか起動している。
これ、経験ある人は分かると思うけど、
モンハンの復帰って、だいたいこういう形をしてる。
盛り上がったからじゃなく、
理由を固めたからでもなく、
「戻る」と決意したからでもない。
むしろ、気持ちのほうが追いつく前に、指が先に動く。
それくらい、曖昧で、静かで、自然だ。
復帰って、前向きな決断というより、
「好きだったものが、ふと呼吸を取り戻す瞬間」に近い。
だから、きっかけはいつも小さい。
僕はこれを、何度も繰り返してきた。
やめたつもりで、距離を取ったつもりで、
「もう戻らないかも」と思った時期もある。
でも、ある夜に限って、
YouTubeで流れてきた狩猟BGMを聴いただけで、
あの緊張感が一瞬で戻ってきたりする。
あるいは、別ゲーを触ってみたあとに、
「やっぱりこの手触り、他にないな」と気づいてしまったりする。
モンハンって、そういう作品だ。
離れる理由はいくらでもあるのに、
戻る理由は、いつも一言で説明できない。
この記事では、その「説明できない」を、ちゃんと言葉にしていく。
復帰を無理に肯定もしないし、背中も押さない。
ただ、ひとつだけ。
また狩りたくなったなら、それは“弱さ”じゃない。
忘れたと思っていた感情が、ちゃんと生きていただけだ。
復帰は「決意」じゃなく、「反応」から始まる

ここ、たぶん多くの人が勘違いしている。
復帰って、
「よし、また本気でやるぞ」
「今度こそ腰を据えてやり直そう」
そうやって、
強い意志を用意するものだと思われがちだ。
でも、実際に戻ってきた人の話を聞くと、
ほとんどがそんな立派な決意をしていない。
むしろ、こうだ。
気づいたら起動していた。
気づいたら武器を担いでいた。
感情が追いつく前に、
身体のほうが先に反応している。
復帰は、やる気から始まらない。
意志からでもない。
正体は、もっと地味で、もっと正直だ。
記憶だ。
頭で「面白かった」と思い出す前に、
身体が覚えている。
この距離なら、ここで避ける。
この間合いなら、もう一歩踏み込める。
この咆哮のあと、次はこの動き。
考えなくても、
指が勝手に動く。
これは知識じゃない。
モチベーションでもない。
何時間も、何十時間も狩ってきた人の中にだけ残る、
身体の記憶
だ。
モンハンは、
頭で覚えるゲームじゃない。
身体に染み込むゲームだ。
だから、復帰のきっかけはいつも小さい。
BGMを聞いただけ。
誰かの討伐動画を横目で見ただけ。
別のゲームを触って、「なんか違うな」と思っただけ。
その瞬間、
昔の記憶が一気に立ち上がる。
「またやりたい」じゃない。
「好きだ」でもない。
「触れるかもしれない」
「動ける気がする」
その程度の反応で、十分だ。
復帰は、
立ち上がる宣言じゃない。
身体が思い出してしまったことに、
あとから理由をつけているだけ
の場合がほとんどだ。
だから、
決意がなくてもいい。
迷いがあってもいい。
「ちょっとだけ」でもいい。
それでも手が伸びたなら、
それが、あなたの復帰のきっかけだ。

復帰のきっかけ①:音が、すべてを連れてくる
拠点のBGM。
武器を抜く、あの金属音。
視界の外から響いてくる、モンスターの咆哮。
それを聞いた瞬間、
頭で考えるより先に、
身体のどこかが反応する。
背筋が、ほんの少し伸びる。
呼吸が、自然と整う。
「ああ、こういう感じだったな」
この一言が、
説明よりも正確だ。
回復薬を飲むテンポ。
納刀してから動き出すまでの間。
一瞬だけ溜めてから、踏み込む感覚。
言葉にしようとすると、
どれも曖昧になる。
でも、
身体は間違えない。
「あの音のあと、こう動く」
「ここで欲張ると、たぶん被弾する」
そういう判断が、
思考を通らずに立ち上がる。
俺自身、
しばらく触っていなかったはずなのに、
BGMを聞いただけで、
コントローラーの持ち方が変わったことがある。
「やる気が戻った」というより、
狩りの姿勢を思い出した、という感覚に近かった。
これは依存じゃない。
長い時間を一緒に過ごしたものだけが、
身体に残していく記憶
だ。
何百回も聞いた音。
何千回も繰り返した動き。
それらは、
頭から消えても、
身体の奥に沈んでいる。
だから、音ひとつで戻ってくる。
モチベーションがなくても。
理由がなくても。
音が鳴った瞬間、
もう一度だけ狩りに行ける気がしてしまう。
それは、
ハマりすぎた証拠でも、
未練でもない。
ちゃんと向き合ってきた時間が、
まだ身体の中に生きているだけ
だ。

復帰のきっかけ②:「一狩りいこうぜ」という言葉
不思議な言葉だと思う。
近況を聞くわけでもない。
長文の誘いでもない。
復帰を迫る圧もない。
たった一言なのに、
なぜか心の奥に引っかかる。
「一狩りいこうぜ」
この言葉には、
説明されていない意味が、いくつも重なっている。
- 最近どうしてる?
- 元気なら、それでいい
- 別に本気じゃなくていい
- また同じ場所に立てたら嬉しい
全部を言っていないのに、
全部が伝わる。
モンハンの誘いは、
「一緒に遊ぼう」じゃない。
「同じ時間を、もう一度共有しよう」
に近い。
だから、
ゲームとしては離れていても、
関係としては、切れていない。
俺も何度かあった。
しばらく起動していなかったのに、
その一言が来た瞬間、
理由を探す前に、スケジュールを確認している自分がいた。
「今はそんな気分じゃないはずなのに」
「やめたつもりだったのに」
それでも、
断る理由より、
行ってみたい気持ちのほうが、少しだけ勝つ。
ここで大事なのは、
モチベーションが戻ったかどうかじゃない。
“自分の居場所が、まだ残っている”
と感じられたこと
だ。
ソロでは戻れなくても、
誰かとなら、戻れる。
それは依存でも、甘えでもない。
モンハンが、
もともと「関係のゲーム」だから
だ。
一狩り、という言葉は軽い。
でも、その軽さがいい。
本気じゃなくていい。
長く続けなくていい。
一回で終わってもいい。
「また同じ場所に立てる」
その事実だけで、
人はもう一度、武器を取れてしまう。

復帰のきっかけ③:未練が、ちゃんと残っていた
完成しなかった装備がある。
素材があと一つ足りなかった防具。
試したかった構成を、結局組めなかった武器。
あと一歩だった討伐もある。
動きは見えていた。
負けた理由も、たぶん分かっていた。
「次こそは」
そう言ったまま、
その“次”が来ないまま時間が過ぎた約束もある。
もし本当に終わっていたなら、
それらは、もう思い出さない。
気にもならない。
引っかかりもしない。
名前すら、ぼやけていく。
それでも、
ふとした瞬間に思い出す。
あの装備、完成させてなかったな。
あの一戦、もう一回だけやりたかったな。
それが残っているということは、
気持ちが途中で止まっているということじゃない。
ちゃんと物語の途中まで、
歩いてきたという証拠
だ。
未練という言葉は、
どうしてもネガティブに聞こえる。
でも実際は、
未練が残るほど、
そこに時間と感情を使ってきたということでもある。
適当に遊んで、
なんとなくやめたものには、
未練は残らない。
「まあ、いいか」で終われる。
未練が残るのは、
「ちゃんとやっていた自分」が、
そこにいたから
だ。
俺も、
完全にやめたつもりでいながら、
アップデート情報や装備画像を見たときに、
一瞬だけ胸が動くことがある。
「この装備、あのときの続きだな」
「今なら、いけるかもしれないな」
その感覚は、
後悔じゃない。
未練は、
もう一度向き合える余白が、
ちゃんと残っているというサイン
だ。
未練は、弱さじゃない。
ちゃんと向き合ってきた人にだけ残る感覚だ。
だから、
もし今も心のどこかに引っかかりがあるなら。
それは、
無理に消すものじゃない。
戻るかどうかは別として、
その未練があったこと自体を、
大切にしていい。

復帰のきっかけ④:人生のフェーズが変わった
正直に言うと、
忙しい時期のモンハンは、かなり重い。
時間が足りない。
集中力も残っていない。
気持ちに余白がない。
そんな状態で狩りに出ると、
楽しさより先に、
「今日も消耗したな」という感覚が残る。
俺も、
その時期に無理をしたことがある。
好きだったはずなのに、
ログインするだけで疲れる。
一戦終わるころには、
もう何も考えたくなくなっている。
それは、
モンハンが悪いわけじゃない。
生活のフェーズと、
狩りの重さが合っていなかった
だけだ。
でも、人生は動く。
忙しさが少し落ち着いたり。
生活リズムが変わったり。
夜に、ほんの少し時間が戻ってきたり。
その瞬間に、
ふと、こんな考えが浮かぶ。
「今なら、ちょっとだけ狩れるかもしれない」
これが、復帰の正体だ。
「やるぞ」と気合を入れるわけでもない。
「また本気でやる」と決めるわけでもない。
ただ、
今の生活の重さと、
狩りの重さが、たまたま噛み合った
それだけの話だ。
復帰は、
ゲーム側のイベントやアップデートじゃなく、
あなたの生活の都合で起きる。
それでいい。
というか、それが一番、無理がない。
無理のない復帰は、
「続けなきゃ」に変わりにくい。
だから、長く残る。

無理に戻らなくていい。ただ、閉じなくていい
復帰しなきゃ、なんて思わなくていい。
また本気でやらなきゃ、もいらない。
以前と同じ熱量を、
もう一度出そうとしなくていい。
一狩りでいい。
一頭でいい。
キャンプで、BGMを聞くだけでもいい。
それだけで、
十分、狩りと触れている。
狩りは、再開じゃない。
再接続だ。
切れていたわけじゃない。
ただ、少し距離があっただけ。
その距離を、
一気に詰めなくていい。
俺は、
「ちゃんとやらなきゃ」と思った瞬間に、
また重くなった。
「今日は音だけ聞こう」
「装備を眺めるだけで終わろう」
それくらいの関わり方のほうが、
気づいたら、
また自然に狩りに出ていた。
やめたと思ってもいい。
離れてもいい。
でも、完全に閉じなくていい。
モンハンは、
いつでも「途中」から戻れる。
再開地点は、
あなたが決めていい。
深く潜る日があってもいい。
浅瀬で足だけ浸す日があってもいい。
狩りとの関係は、
ずっと一定じゃなくていい。

復帰で一番つまずくのは、「昔の自分に戻ろう」とすること
復帰した直後、
だいたいの人が一度だけ、同じ落とし穴に足を取られる。
「前みたいにやれるはず」
「昔の熱量に戻せるはず」
この発想が出てくるのは、別におかしくない。
むしろ、狩りとちゃんと向き合ってきた人ほど、ここで自分に期待してしまう。
でも、復帰って本来、
「巻き戻し」じゃない。
昔の自分に戻るんじゃなくて、
今の生活、今の体力、今の心の余白に合わせて、狩りとの距離を“組み直す”作業なんだ。
ここを勘違いすると、復帰は急に重くなる。
「よし、またちゃんとやるぞ」と気合を入れた瞬間、狩りは遊びじゃなく、タスクみたいな顔をし始める。
自分も何度かやった。
復帰初日に、装備更新まで一気に走って、
「やっぱりいけるじゃん」って気分だけ先に上がって、
二日目、ログイン画面を見ただけで気持ちが沈む。
戦えば戦える。
勝てるときもある。
でも、終わったあとに残るのが達成感じゃなくて、疲労だけ。
あれは狩りが悪いんじゃない。
腕が落ちたわけでもない。
ただ、「戻り方」が重すぎただけだった。
復帰で大事なのは、熱量じゃない。
「また嫌にならない距離」で触れること。
昔の自分に追いつこうとするほど、狩りは遠ざかる。
今の自分に合わせられた人だけが、結果的に長く戻れる。

復帰直後の正解は、「やる量」じゃなく「終わり方」を決めること
復帰した日って、妙にやれる。
久しぶりの高揚もあるし、
指が「そうそう、これだ」と思い出してくれる瞬間もある。
少し動けた実感があると、
つい考えてしまう。
「あ、まだいけるかも」
ここが、一番危ない。
経験上、
この「いけるかも」で走った翌日ほど、反動は大きい。
気力が落ちる。
起動する前から、気持ちが重くなる。
それは腕の問題じゃない。
久しぶりだからでもない。
復帰初日に、
自分の余白を使い切ってしまっただけ
だ。
だから、復帰直後に必要なのは、
根性でも、勢いでもない。
必要なのは、あらかじめ引いておく“撤退ライン”。
- 今日は1クエで終わると決めておく
- 素材が出なくても、深追いしない
- 「ちょっと疲れたな」と思ったら、キャンプで終わる
この「終わり方」を先に決めておくと、
狩りは不思議なくらい軽くなる。
「まだできるのにやめる」
これが、復帰では正解になることが多い。
狩りって、
始めることより、終えることのほうがずっと難しい。
始めるのは簡単だ。
起動して、クエストを貼ればいい。
でも終わるには、
「ここでやめていい」という判断が要る。
この判断を、
疲れてからじゃなく、
元気なうちに用意しておく。
それだけで、
次の日の自分が、かなり楽になる。
復帰は、盛り上げる作業じゃない。
また嫌いにならないための設計だ。
その設計で一番効くのが、
「今日はここで終わる」と先に決めておくこと。

復帰が続く人は、「狩りの目的」を小さく持っている
少し昔の自分を振り返ると、
狩りの目的は、だいたい決まっていた。
装備を完成させる。
最適解を詰める。
タイムを縮める。
エンドコンテンツを回し切る。
それはそれで、確かに楽しい。
狩りに深く潜っていく感覚もあった。
でも、復帰直後にこれをやると、
だいたい心のほうが先に重くなる。
理由は単純で、
目的が、今の自分に対して大きすぎるからだ。
復帰が続く人は、
最初から大きな山を見ていない。
彼らが持っているのは、
驚くほど小さな目的だ。
「今日は、狩りの感触を思い出せたらOK」
「一頭だけ、落ち着いて倒せたら十分」
「拠点の空気を吸って帰る」
本当に、このくらいでいい。
小さい目的は、達成しやすい。
達成しやすいと、無理に引き延ばさなくて済む。
無理に引き延ばさないと、終わり方がきれいになる。
終わり方がきれいだと、
次の日の自分が、狩りを思い出したときにこう感じる。
「昨日、悪くなかったな」
「また少しだけ触ってもいいかも」
この感覚が残るかどうかで、
復帰は大きく分かれる。
結局、復帰って、
「続けよう」と気合を入れた結果じゃない。
「また触れたくなる」を、
何度も自然に積み重ねた結果
なんだと思っている。
復帰期にちょうどいい、小さな目的の例
- 回復をケチらず、テンポよく飲む(慎重になりすぎた感覚を戻す)
- 1乙してもクエストを続ける(「評価される場」から「狩り」に戻す)
- 武器の出し入れの間合いだけ意識する(身体の記憶を呼び起こす)
- 討伐時間ではなく「一度も焦らなかったか」を振り返る(評価軸を軽くする)
どれも、上達の指標としては曖昧だ。
でも、復帰にはそれでいい。
狩りに戻る時期に必要なのは、
成長じゃなく、安心感だ。
小さな目的は、
その安心感を、ちゃんと残してくれる。

「ソロ復帰」と「マルチ復帰」は、難しさの種類が違う
復帰を考えたとき、
多くの人が一度はここで立ち止まる。
ソロで戻るべきか。
それとも、マルチから戻るべきか。
結論から言うと、
どちらが正解、という話じゃない。
大事なのは、
今の自分が、どこで一番削れやすいかを見極めることだ。
復帰直後は、
腕より先に心が疲れる。
だから選ぶ基準も、
上達速度や効率じゃなく、
「これ以上消耗しないかどうか」でいい。
ソロ復帰が向いている人
- 失敗すると、誰かに迷惑をかけた気がして一気にしんどくなる
- 役割や最適行動を考えすぎて、呼吸が浅くなる
- 久しぶりの操作に不安があり、まずは落ち着きを取り戻したい
ソロの一番の強みは、
失敗が「評価」にならないことだ。
被弾しても、乙っても、
誰の表情も気にしなくていい。
「今のは早かったな」
「距離が近すぎたな」
そうやって、
失敗をそのまま情報として処理できる。
俺自身、復帰直後は、
一度ソロでクエストに出るだけで、
気持ちがかなり落ち着いた。
討伐できたかどうかより、
「思ったより、ちゃんと動けたな」
この感覚を取り戻せたのが大きかった。
ソロは、
自信を取り戻す場所というより、
自分を責めなくて済む場所だ。
マルチ復帰が向いている人
- 一人だと起動までが重いけど、誰かに誘われると動ける
- 狩りの楽しさは、共闘そのものにあると感じている
- 多少グダっても、笑って流せる相手がいる
マルチの役割は、
上達させることじゃない。
狩りを、
もう一度「関係のある時間」に戻してくれることだ。
完璧な立ち回りじゃなくていい。
火力が出なくてもいい。
「今の危なかったな」
「まあ、次いこうぜ」
このやり取りがあるだけで、
狩りは試験じゃなくなる。
俺も、
一人だとどうしても腰が重い時期に、
「一狩りだけ行こうぜ」と言われて、
救われたことが何度もある。
うまく動けなくても、
同じ時間を共有できた
それだけで、
「戻ってきてよかった」と思えた。
復帰で大事なのは、勝つことじゃない。
これ以上、自分を削らない形で触れること。
ソロもマルチも、そのための選択肢にすぎない。
もし迷ったら、
その日その時の自分に聞いてみてほしい。
「今日は、誰にも見られず触りたいか」
「今日は、誰かと一緒に触りたいか」
その答えは、
日によって変わっていい。
復帰は、
一つの正解に決めるものじゃない。
自分が削れない選択を、
その都度選び直すプロセス
だ。

復帰が折れない人がやっている「3つの調整」
復帰がうまくいく人を見ていると、
別に操作が神がかっているわけでも、
最新環境を完璧に追っているわけでもない。
共通しているのは、
狩りとの距離感を調整するのが、異常にうまいということだ。
俺自身、何度か復帰しては折れて、
また戻ってを繰り返してきたけど、
「続いたとき」と「折れたとき」には、はっきり違いがあった。
折れなかった復帰には、
だいたい次の3つが揃っている。
① 目標を「達成」じゃなく「接触」にする
復帰直後に、
装備完成や周回効率を目標にすると、
だいたい心が先に疲れる。
だから、目標を思い切って下げる。
「今日は触れた」
「起動できた」
「キャンプに立った」
それで、もう合格にする。
狩りに出られた。
一頭見た。
拠点のBGMを聞いた。
このレベルの接触で十分だ。
俺も、
「今日は装備いじるだけで終わろう」
と決めた日に限って、
気づいたら一狩り行っていたことがある。
不思議だけど、
達成を目指さないほうが、次が生まれやすい。
接触が続くと、
「もう一回」が勝手に戻ってくる。
② 比較の入口を、意識的に減らす
復帰直後にやりがちなのが、
情報を一気に浴びることだ。
最適装備。
最速周回。
神プレイ動画。
元気なときなら、
それは刺激になる。
でも、復帰直後に浴びると、
狩りは一瞬で「試験」になる。
「この動き、違うな」
「まだ全然だな」
「やっぱり下手だな」
こういう声が、
狩りの中に混じり始める。
だから、あえて閉じる。
参考にするのは、
気力が十分ある日だけ。
復帰初期は、
正解を増やすより、
余白を守るほうが大事だ。
比較を減らすだけで、
被弾の重さも、失敗のダメージも、
驚くほど軽くなる。
③ 「短い成功体験」を拾いにいく
復帰直後に必要なのは、
派手な勝利でも、
完璧な討伐でもない。
「あ、今ちょっと良かったな」
その一瞬を、ちゃんと拾うことだ。
- 回避が一回、気持ちよく決まった
- 焦らずに納刀できた
- 欲張らずに引けた
- 乙っても「まあ次だな」で終われた
こういう小さい成功は、
意識しないと、すぐ流れていく。
でも、拾えるようになると、
狩りの評価軸が変わる。
「勝ったかどうか」じゃなく、
「今日は削れなかったかどうか」
になる。
この評価軸に切り替わった瞬間、
狩りはまた遊びに戻る。
俺も、
復帰が続いた時期を振り返ると、
「今日は乙らなかった」より、
「今日は焦らなかった」が残っている。
復帰は、燃やすものじゃない。
温め直すものだ。
だから大事なのは、
一気に火力を上げることじゃなく、
小さい火を消さないこと。
この3つの調整ができていると、
復帰は「頑張るもの」じゃなくなる。
気づいたら、
また狩り場に立っている。
折れない復帰は、
いつもそんな形をしている。

復帰しない選択も、ちゃんと正しい
ここまで、
「なぜ戻ってしまうのか」
「どんなきっかけで復帰が起きるのか」
そんな話をしてきた。
でも、ひとつだけ。
これは、どうしても書いておきたい。
復帰しなきゃいけない、なんてことは一切ない。
手が伸びたのに、
やっぱり今日はやめた。
起動したのに、
拠点のBGMを聞いたところで、
「今じゃないな」と分かった。
クエストを貼る前に、
理由ははっきりしないけど、
「今日は無理だ」と身体が先に判断した。
それでいい。
むしろ、
それができたなら、かなり健全だと思っている。
復帰って、
成功か失敗かで測るものじゃない。
戻れたかどうか。
続けられたかどうか。
そんな基準で、価値が決まるわけでもない。
「今日は違う」
「今は余裕がない」
それを、
無理に打ち消さずに認められたなら。
それは逃げでも、後退でもない。
今の自分の状態を、
ちゃんと感じ取れたということ
だ。
俺も、
何度もある。
戻ろうとして、
でも、やめた夜。
以前はそれを、
「根性が足りない」とか、
「中途半端だ」と思っていた。
でも今は違う。
あれは、
自分を削らない判断ができた夜だった。
狩りは、
あなたの生活を縛るものじゃない。
義務でも、
証明でも、
成績表でもない。
あなたの余白に合わせて、
開けたり、閉じたりしていいもの
だ。
今日は閉じる。
明日は分からない。
それでいい。
復帰しなかったとしても、
それまでの時間が無駄になるわけじゃない。
ちゃんと狩って、
ちゃんと向き合ってきた事実は、
もう、あなたの中に残っている。
戻らない選択も、
ちゃんと正しい。
その判断ができるところまで来たなら、
あなたはもう、
狩りと雑に付き合ってはいない。

▼ここから先、どうするか迷ったら
正直な話、
ここまで読んでも、
「じゃあ自分はどうすればいいんだろう」と
まだ輪郭が定まっていない人も多いと思う。
それは当然だ。
狩りとの距離をどう取るかは、
正解が一つじゃない。
今の生活、心の余裕、背負っているものによって、
選ぶ道は変わる。
だから、
無理に今ここで決めなくていい。
ただ、
もし「もう少し言葉が欲しい」と感じたら、
下のページを置いておく。
-
→ モンハン やめたい とき
気持ちがまだ追いついていない夜に。
立ち止まること自体を、否定しないための話。 -
→ モンハン モチベーション 維持
もし戻るなら、今度は消耗しない形で。
無理なく続けるための距離感を整理している。
今すぐ開かなくてもいい。
「そういえば、あの記事があったな」と、
必要になったときに思い出してもらえれば、それで十分だ。
狩りは、選び直していい。
距離も、関わり方も、その都度変えていい。
迷っているということ自体が、
もう、ちゃんと向き合っている証拠だから。


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