この記事はこんな人のためのものです
- もう狩りにログインする気力が出ない
- 嫌いじゃないのに、続けるのがしんどい
- やめるべきか、続けるべきかで悩んでいる
それは、派手な失敗の夜じゃない。
三乙したわけでもない。
誰かに強く責められたわけでもない。
回線が落ちたわけでも、野良の空気が最悪だったわけでもない。
ただ、クエストが終わって、
報酬画面を流し見して、
いつもなら「もう一回だけ」って指が伸びるはずのところで――
「……もう、いいかな」
この言葉が、驚くほど自然に出てしまった夜。
たぶん、ここがいちばん厄介だ。
怒りでも、失望でもない。
燃え尽きたというほどドラマもない。
感情が、ふっと平らになる。
やめたい、って言葉は強いのに、
その内側は意外なくらい静かで、誰にも見えない。
それでも胸の奥では、ちゃんと分かっている。
嫌いになったわけじゃない。
むしろ、好きだったからこそ、今の自分が苦しい。
俺も何度かあった。
装備を整えて、知識も揃って、狩れるはずなのに、
起動する前に「今日もあの感じか」って気持ちが先に来る日。
狩り場に行けば、たぶん普通に戦える。
でも、終わったあとに残るのが、達成感じゃなくて疲労だけ。
このページは、そこで無理に背中を押す場所じゃない。
ここで大事にしたい前提
「やめたい」と思えた時点で、あなたはもう雑に狩っていない。
続けるかどうかの結論を、今夜出す必要もない。
まずは、武器を置きたくなった理由を、ちゃんと扱うところから始めよう。
狩りは、根性で続けるものじゃない。
続けられなくなったときは、腕前じゃなく、心の距離がズレていることが多い。
この先では、
「やめたい」が出てくる仕組みを、責めずに解体していく。
「やめたい」は、限界のサインだ

最初に、これだけははっきり言っておく。
「やめたい」と思うのは、弱さじゃない。
むしろ――
ちゃんと狩りと向き合ってきた人ほど、必ず一度ここに辿り着く。
適当に遊んでいたら、
ここまで感情は削れない。
何も考えず、流すように続けていたら、
「やめたい」なんて言葉は出てこない。
その言葉が出たということは、
狩りの中で、考えて、悩んで、踏み込んできたということだ。
俺自身も、
この感覚を「飽きた」と誤魔化そうとした時期があった。
でも違った。
飽きたんじゃない。
心のスタミナが、先に尽きていただけだった。
被弾ひとつひとつが重くなり、
一戦終わるたびに、疲労だけが残る。
勝っても楽にならない。
負けたら、なおさら立て直せない。
この状態で続ける狩りは、
もはや挑戦じゃない。
消耗戦だ。
だから、「やめたい」という感情は、
逃げでも、投げ出しでもない。
これ以上、自分を削らないためのブレーキだ。
これは挫折じゃない。
限界まで、ちゃんと狩ってきた人にだけ出るサインだ。
だからまずは、
その感情を否定しなくていい。
「まだ頑張れるはずだ」と、
無理に上書きしなくていい。
やめたいと思えた時点で、
あなたはもう、自分の状態に気づけている。

やめたい理由①:狩りが「義務」に変わったとき
イベントが来る。
アップデートの告知が流れる。
期間限定クエストが追加される。
本来なら、
少し胸が高鳴ってもおかしくないはずの言葉だ。
でも、その画面を見た瞬間、
心の奥から、こんな声が漏れることがある。
「やらなきゃいけないの、正直しんどいな……」
この一言が出たとき、
狩りはもう、少し前とは別のものになっている。
「やりたいから行く狩り」から、
「やらないと取り残される狩り」へ。
ログインしないと損な気がする。
今やらないと、後で困る気がする。
空白ができるのが、怖い。
そうやって、
楽しさより先に責任が立ち上がってくる。
ここまで来ると、
それはゲームの出来が悪いとか、
自分の熱量が足りないとか、そういう話じゃない。
ただ、心が疲れている。
ずっと追いかけてきた。
ちゃんと参加してきた。
取りこぼさないように、走ってきた。
だからこそ、
「また来たか……」と感じてしまう。
義務になった狩りは、
達成しても回復しない。
終わって残るのは、
「今日もこなした」という安堵と、
次の更新までの、短い猶予だけだ。
もし今、
イベントの告知を見るたびに、
気持ちが少し沈むなら。
それは、
あなたが狩りを雑に扱ってきたからじゃない。
ちゃんと向き合い続けた結果、
心が「少し休みたい」と言っているだけ
だ。

やめたい理由②:比べることで、居場所が見えなくなったとき
フレンドの進行度。
SNSに流れてくる、鮮やかな討伐報告。
動画の中で、迷いなく動く完璧な立ち回り。
最初は、ただの参考だったはずだ。
「すごいな」「ああいう動きがあるのか」と思って見ていた。
でも、いつの間にか、
その視線が自分へ返ってくる。
比べるつもりはなくても、
視界に入った瞬間、
心は勝手に比べてしまう。
- 俺は、進みが遅い
- 俺は、まだ下手だ
- 俺は、ちゃんと楽しめていない気がする
この自己評価が積み重なると、
狩りは少しずつ性質を変えていく。
失敗しても笑えない。
被弾しても「まあいいか」と流せない。
そこにあるのは、
モンスターとの勝負じゃない。
「他人と比べたときの自分」
との、終わりのない照らし合わせだ。
比較は、静かに居場所を奪う。
ここで怖いのは、
誰かに直接否定されたわけじゃないことだ。
責めているのは、
いつも自分自身だ。
狩りは本来、
安心して失敗できる場所だった。
でも、比較が入り込むと、
そこは「評価される空間」に変わる。
他人との比較は、
狩りの熱をいちばん早く冷ます。
好きだったはずなのに、
ログインするたび、
どこか肩に力が入る。
そして、ふと浮かぶ。
「少し、離れたほうがいいのかもしれない」
それは逃げじゃない。
負けでもない。
これ以上、居場所を削らないための、
自然な防衛反応
だ。

やめたい理由③:「好き」を守るために、離れたくなる
ここが、いちばん言葉にしづらくて、
いちばん胸に刺さるところだ。
嫌いになったわけじゃない。
つまらなくなったとも、言い切れない。
むしろ――
今でも、ちゃんと好きだ。
武器を振ったときの手応え。
モンスターがこちらを睨む間。
クエスト開始のBGMが鳴った瞬間の、高揚。
それらは全部、
今も身体の奥に残っている。
思い出になっていない。
色あせてもいない。
だからこそ、苦しくなる。
ログインする前から、
少しだけ構えてしまう自分がいる。
「今日は楽しめるかな」と、無意識に確かめてしまう。
好きなはずなのに、
向き合うのにエネルギーが要る。
この状態が続くと、
人は自然と距離を取りたくなる。
それは冷めたからじゃない。
裏切ったからでもない。
好きなものを、
嫌いになってしまう前に、
守ろうとする反応
だ。
「このまま続けたら、
本当に嫌いになってしまいそう」
そう感じたとき、
離れたい気持ちが生まれる。
それは、
逃げじゃない。
大切にしてきた時間や感情を、
雑に消費しないための選択
だ。
無理に起動しない。
無理に盛り上げない。
無理に「楽しいフリ」をしない。
その判断ができる時点で、
あなたはもう、
モンハンと真剣に向き合ってきた側の人間だ。
やめたいと思うほど、
あなたは、この狩りを大切にしてきた。
それだけは、疑いようがない。

この夜に、答えを出さなくていい
ここで、
具体的な解決策を並べることはできる。
少し休めばいい。
環境を変えればいい。
別の武器を触ってみればいい。
どれも、間違いじゃない。
実際、救われる人もたくさんいる。
でも――
この「やめたい」が顔を出した夜に、
結論まで出す必要はない。
やめるか、続けるか。
戻るか、離れるか。
そんな二択に、
自分を追い込まなくていい。
心が疲れているときに出した決断は、
だいたい極端になる。
「もう全部やめたほうがいい」
「続けなきゃ意味がない」
そのどちらも、
今のあなたの視野じゃなくて、
疲労が喋っているだけかもしれない。
だから、今夜は答えを出さなくていい。
一度、武器を置くことと、
嫌いになることは、まったく別だ。
距離を取ることは、
裏切りでも逃げでもない。
むしろ、
好きなものを雑に扱わないための、
いちばん誠実な選択になることもある。
今は、
「どうするか」を決めなくていい。
「今は、無理だな」と認めるだけでいい。
今夜は、立ち止まっていい。
何も決めなくていい。
また狩りたくなったら、
そのとき、もう一度考えればいい。

それでも、少しだけ気になるなら
もし今の感覚が、
「もう無理だ」ではなく、
「ちょっと疲れたかもしれない」に近いなら。
それは、
終わりを選ぶほど追い詰められているわけでも、
完全に冷めてしまったわけでもない。
ただ、狩りとの距離が、
ほんの少しだけ近づきすぎている。
その“手前の違和感”を、
言葉にして整理した記事も、ここに置いておく。
-
→ モンハン つまらなく感じる瞬間
やめたいと口にする前、
どこで感情がズレ始めていたのかを辿る話。 -
→ モンハン 難しすぎる なぜ
腕の問題じゃないのに、
心のほうが先に削れてしまう構造について。
今は、無理に読まなくていい。
答えを探すためじゃなく、
「ああ、あのとき読んだな」
と、必要になった夜に思い出してもらえれば、それでいい。
狩りは、終わらせなくていい。
続け方を、少し変えればいいだけだ。

「やめたい」と感じる夜は、実は一番“正直”だ
モンハンをやめたいと思う夜は、
だいたい静かだ。
怒っていない。
投げやりでもない。
誰かを責めたいわけでもない。
ただ、これ以上ごまかせなくなっただけ。
そういう夜が多い。
「今日はちょっと疲れてるだけ」
「明日になれば戻れるかも」
「このクエを越えたら、きっと楽になる」
そうやって、
小さな言い訳を何枚も重ねてきた。
俺も、同じことをやった。
起動する前から気持ちが重いのに、
「気分の問題だ」として起動して、
結局、報酬画面のあとに残るのが疲労だけの日。
それが、
ある夜ふと止まる。
「……もう、無理して続けなくていいんじゃないか」
この言葉が出てきたとき、
それは弱音じゃない。
今の自分の状態を、初めて“正確に”言葉にできた瞬間
だ。
面白いか、面白くないか。
勝てるか、勝てないか。
その話の前に、
人はだいたい「余裕があるかどうか」で遊びと向き合っている。
余裕があるうちは、
多少の失敗も笑える。
乙っても、「まあ次だな」で済む。
でも余裕がなくなると、
同じ被弾が、同じ失敗が、
HPより先に心のほうを削る。
「やめたい」と感じる夜は、
その境界線を、もう越えていることが多い。
ここで大事なのは、答えじゃない
「やめるべきか」「続けるべきか」じゃなくて、
「今の自分は余裕がない」と認められたこと。
それだけで、狩りとの関係は少し回復する。
だから、
その感情は無視しなくていい。
今の自分を守ろうとする、かなり健全な反応
だからだ。
むしろ、ここで無理を重ねるほうが危ない。
好きだったものが、嫌いになってしまう前に。
いったん距離を取る感覚は、正しい。

「続ける才能」より、「離れられる判断」のほうが大事なときがある
ゲームの世界では、
どうしても「続けた人」が評価されやすい。
長く遊んでいる。
エンドコンテンツまで辿り着いている。
装備を揃え切っている。
知識も立ち回りも、ひと通り身についている。
それ自体は、
間違いなくすごいことだ。
時間も集中力も使って、
ちゃんと狩りと向き合ってきた証拠だから。
でも――
「続けられた人だけが正解」
というわけじゃない。
とくに、
心が少しずつ削れ始めている段階では。
このタイミングで必要なのは、
根性でも、意地でも、
「もう一踏ん張り」でもない。
「今の自分には、これ以上は重い」
と、ちゃんと判断できる感覚
だ。
俺はこれを、
何度か見誤ったことがある。
「せっかくここまで来たんだから」
「やめたら、もったいない」
「今離れたら、全部が無駄になる気がする」
そう思って続けた狩りは、
だいたい楽しくなかった。
勝っても軽くならない。
負けると、どっと疲れる。
そして気づいたときには、
楽しかった記憶より、しんどかった感覚のほうが強く残っていた。
限界を超えてまで続けると、
起きるのは上達じゃない。
好きだったものが、
「思い出したくないもの」に変わってしまう。
これは、いちばんもったいない。
離れる判断ができる人は、
弱いわけじゃない。
遊びとの距離感を、
ちゃんと理解している人
だ。
今の自分の余裕。
心の残量。
「まだ楽しい」と「もう無理だ」の境目。
それを感じ取って、
一度、手を放せるのは、
かなり高度な自己管理だと思っている。
覚えておいてほしいこと
続ける才能が必要な夜もある。
でも、離れられる判断が必要な夜も、確かにある。
今がどちらなのかを見極めること自体が、もう立派な「向き合い方」だ。
続けることだけが美徳じゃない。
今夜は、
離れる判断のほうが、
あなたを守るかもしれない。

「また戻りたくなる人」と「戻れなくなる人」の違い
モンハンから一度、距離を置いたあと。
人はだいたい、二つの道に分かれる。
・ある日ふと、思い出して戻る人
・タイトルを見ただけで、胸の奥が少し重くなる人
この差を分けているのは、
腕前でも、プレイ時間でも、理解度でもない。
「どう離れたか」
だ。
無理を重ねて続けた人ほど、
戻れなくなる傾向がある。
「楽しくないけど、やらなきゃ」
「正直しんどいけど、今やめたら全部無駄な気がする」
「惰性だけど、やめる勇気もない」
そうやって積み重ねた狩りの記憶は、
あとで振り返ったとき、
楽しさより先に疲労を思い出させる。
人の記憶は、
最後に強く残った感情で上書きされやすい。
だから、
限界を超えて続けた時間が長いほど、
「またやりたい」という感情は生まれにくくなる。
一方で、
ちゃんと立ち止まれた人は違う。
「今は余裕がないな」
「好きだからこそ、少し距離を置こう」
そうやって離れた人の記憶には、
無理がない。
達成できなかった悔しさより、
「楽しかったな」という感覚が、
ちゃんと残る。
だから、
ある日ふと、思い出す。
あの武器の手触り。
あのBGM。
あの緊張感と、高揚。
そして、
「久しぶりに、少しだけやってみるか」
今夜、武器を置くかどうかは、
未来の自分への扱い方でもある。
無理に続けないことは、
未来を閉じる選択じゃない。
むしろ――
また戻ってこれる余白を、
ちゃんと残しておく選択
だ。

最後にひとつだけ、覚えておいてほしいこと
モンハンは、
あなたの人生の成績表じゃない。
上手くなれなかったからといって、
あなたの価値が下がるわけでもない。
最後までやり切れなかったからといって、
何かに負けたことにもならない。
ちゃんと楽しかった時間が、
確かにそこにあったなら。
それだけで、もう十分すぎるほどだ。
今夜、武器を置くとしても。
それは、逃げじゃない。
投げ出しでもない。
ここまで向き合ってきた人が、
一度、足を止めるだけ
だ。
無理をして続けなかったことは、
弱さじゃない。
自分の状態を、
ちゃんと感じ取れた証拠だ。
また狩りたくなる日が来たら、
そのときは、そのときでいい。
来なかったとしても、
それは裏切りでも、後悔でもない。
ひとつの遊びが、
人生の中で役目を終えることだってある。
今夜は、
自分を責めなくていい。
理由を探さなくてもいい。
ただ、
静かに休んでほしい。
武器を置いた夜は、
終わりじゃない。
ちゃんと狩ってきた人だけが辿り着く、
ひとつの区切り
だ。


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