モンハンでフレンドができない理由|問題は「距離感」にある

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「野良マルチには出られる」
「でも、フレンドになる流れにはならない」

何度か同じ人と当たったことはある。
立ち回りが噛み合って、
無言なのに不思議とやりやすかった狩りも、確かにあった。

「今の、良かったな」
クエストが終わった瞬間、
そう思ったことも一度や二度じゃない。

それでも、
フレンド申請を送る指は止まる。

相手が嫌なわけじゃない。
一緒に狩るのが苦痛だったわけでもない。

なのに、
なぜか一線を越えない。

俺は長く狩りをしてきて、
この感覚を持つ人を、何度も見てきた。

そして、自分自身も、
ずっと同じところで立ち止まっていた。

ここではっきり言っておく。


フレンドができないのは、
社交性がないからでも、
マルチが下手だからでもない。

問題は、
「人と狩る距離感」を、どこに置いているかだ。

この記事では、
なぜ野良はできるのに、
フレンドにはならないのか。

その理由を、
狩りの体験と、
人との距離感という視点から、
一つずつ言葉にしていく。

無理にフレンドを作る話じゃない。
近づけと言う話でもない。


「なぜ、ここで止まっているのか」
その正体を知るための話だ。


フレンドができないのは、コミュ力不足じゃない

最初に、ここははっきりさせておく。

モンハンでフレンドができない理由は、コミュ力の欠如じゃない。

実際、野良マルチには出られている。
クエストは成立するし、
露骨に空気を壊すこともない。

挨拶はできる。
定型文も使える。
マナーだって、ちゃんと意識している。

それでも、
狩りが終わったあと、
フレンド申請の画面で指が止まる。

「嫌われたかも」じゃない。
「会話が苦手だから」でもない。

ただ、
一歩踏み込んだ関係に切り替える理由が、見つからない

俺自身、
何度も同じ場面を経験してきた。

うまく連携できた。
無言でも噛み合った。
また一緒に狩ってもいいと思えた。

それでも、
フレンドになる決断はしない。

それは、
コミュ力が足りないからじゃない。


人との距離を、無意識に「ここまで」と決めているだけ
だ。

野良は、
近すぎない距離で成立する関係だ。

その心地よさを知っている人ほど、
あえて踏み込まない選択をする。

だから、
フレンドができない自分を、
能力の問題にすり替えなくていい。


これは欠点じゃない。
狩りと人との距離を、ちゃんと測れている証拠だ。


距離を取りすぎてしまう人の心理

フレンドができにくい人を見ていると、
だいたい同じところで立ち止まっている。

それは、
「嫌われたくない」でも、
「関わりたくない」でもない。

むしろ、
こんな感覚を、強く持っていることが多い。

  • 相手の時間を、これ以上奪いたくない
  • 毎回一緒に狩れるわけじゃない自分が、申し訳ない
  • フレンドになったあと、期待に応えられなくなるのが怖い

俺自身、
この感覚に、何度も足を止められてきた。

「また誘われたらどうしよう」
「断ることになるかもしれない」
その未来を、先に想像してしまう。

だから、
最初から踏み込まない。

ここで、はっきり言っておく。


これは、冷たさでも距離感覚の欠如でもない。


相手の都合や気持ちを、ちゃんと想像できている証拠
だ。

つまり、
これは誠実さの現れだ。

ただし、
その誠実さは、ときどき強く働きすぎる。

関係が始まってもいない段階で、
「続けられるか」「負担にならないか」を、
一人で全部背負ってしまう。

その結果、
関係を始める前に、ブレーキがかかる

フレンドができない理由は、
勇気が足りないからじゃない。


人との距離を、大切に扱いすぎているだけ
だ。

まずは、
その自分を、欠点として見ないでほしい。

それは、
狩りでも、人付き合いでも、
本来かなり希少な感覚だからだ。


モンハンのフレンド関係は「軽くていい」

フレンドができない人ほど、
どこかでこう思い込んでいる。

「フレンドになる=深い関係になる」
「ちゃんと付き合わなきゃいけない」

だが、
実際に長くモンハンを遊んできて分かったのは、
その前提自体が、かなり重いということだ。

モンハンのフレンド関係は、
もっと曖昧で、もっと流動的でいい。

  • 毎回一緒に狩らなくていい
  • 無言で合流して、無言で抜けても問題ない
  • 数回で終わっても、それは失敗じゃない

俺自身、
フレンド欄を振り返ってみると、
ほとんどが「いつの間にか増えて、いつの間にか疎遠」だ。

でも、それでいい。

一時期、
同じ時間帯に何度か狩った。
たまたま立ち回りが噛み合った。
その記憶が残っている。

それだけで、
フレンド関係としては十分成立している。

モンハンのフレンドは、
生活や感情に踏み込まない。


ログイン時間を合わせる義務もなければ、
付き合い続ける責任もない。

あるのは、
「また狩りが重なったら、一緒にやるかもしれない」
それくらいの、緩い接点だ。

フレンドは「縛り」じゃない。
たまたま狩りの時間が交差した人、くらいでいい。

深くならなくていい。
長く続かなくてもいい。

そのくらいの距離感で見られるようになると、
フレンド申請は、
途端に怖くなくなる。

フレンド関係を、
人生の人間関係と同じ重さで考えなくていい。

モンハンは、
生活じゃない。
狩りだ。

だから、
その中で生まれるつながりも、
軽くていい。


フレンドができる瞬間は、意外と静かだ

フレンドが増える瞬間を思い返すと、
だいたい派手さはない。

盛り上がった雑談があったわけでも、
長時間の連戦をしたわけでもない。

ただ、狩りが終わったあとに、
ほんの一手間だけ残る。

  • クエスト後に、一言だけ「ありがとうございました」と送った
  • 「もう一戦いきますか?」をあえて言わなかった
  • 盛り上げようとせず、淡々と区切った

俺自身、
フレンドになった相手を辿っていくと、
ほぼ例外なく、こういう終わり方をしている。

盛り上げなかった。
距離を詰めなかった。
無理に印象を残そうとしなかった。

それなのに、
ふとしたタイミングでフレンド申請が飛んでくる。

共通しているのは、
踏み込みすぎていないことだ。

相手の時間を尊重して、
自分のテンションを押し付けない。

「ここで終わっても、気まずくならない」
その空気を残している。

フレンド関係は、
仲良くなろうとして生まれるものじゃない。

一緒に狩った時間が、
心地よく終わったかどうか。
それだけだ。

無理に盛り上げなくていい。
無理に繋ぎ止めなくていい。

「今日はここまでですね」
その静かな区切りが、
次につながることもある。

関係は、
作ろうとした瞬間に、重くなる。

だからこそ、
何も足さずに終える。

それだけで、
フレンドが生まれる余地は、
ちゃんと残る。


できなくても、問題はない

ここは、
少し立ち止まって伝えておきたい。

フレンドがいなくても、狩りはちゃんと成立する。

これは綺麗事じゃない。
実際に、そうだ。

ソロには、
自分の判断だけで完結できる強さがある。
野良には、
一期一会の緊張感と、偶然の面白さがある。

どちらも、
フレンドがいなければ成立しない遊び方じゃない。

俺自身、
フレンドが少ない時期も、
ほとんどいなかった時期も、
狩りをやめようと思ったことは一度もない。

むしろ、
その距離感だからこそ、
長く続けられたと感じている。

フレンドがいない=孤独。
そう短絡的に結びつけなくていい。

自分が疲れない距離を、ちゃんと守れている
それだけの話だ。

無理に繋がらない。
無理に続けない。
無理に期待しない。

それは、
関係を大切にしようとしているからこそ、
選んでいるスタンスでもある。

狩りは、
義務じゃない。

誰かと遊ばなきゃ成立しないほど、
脆いものでもない。

だから、
フレンドができなくても、
焦らなくていい。

今の距離感で、
楽しめているなら、
それはもう、十分だ。


次の狩りへ

もし今、
「野良には出られる。でも、フレンドまでは踏み込めない」
そんな感覚が残っているなら。

それは、
狩りが下手だからでも、
人付き合いが苦手だからでもない。

人との距離を、ちゃんと考えながら狩ってきた証拠だ。


フレンドができなかった狩り、思い出せるか?
それは失敗じゃない。
あなたが、距離を雑に扱わずにきた証拠だ。

繋がらなかった狩りにも、
ちゃんと意味は残っている。

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